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pianist TAKANO

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本のはなし①

2012.08.12 18:39|未分類
8月5日に書いたブログに本について書きました。

その詳細は 井上鑑 著 「僕の音、僕の庭」筑摩書房 2800円です。

さてこの井上鑑さん。

かの有名な日本のチェロ界の重鎮、

演奏家としてもとても有名な故・井上頼豊さんのご子息。

確かに背がひょろっと高いところや、

パッと見た感じ、お父様ととても似ています。


作曲家、アレンジャーとして大活躍されている井上さん。

大瀧詠一さん、寺尾聡さん、吉川忠英さん

現在は福山雅治さんの専属アレンジャー&ピアニストと言えば、

その姿をテレビなどでご覧になったことがある方も

多いのではないでしょうか。

私も映像を見る度に

“なんかフシギ~なピアノ弾きがバックにいる~”と思っていました。




今回それとはまったく関係のないルートでこの本と出会い、

その謎たるものと合致!!!おぉぉぉぉ・・・!!!

シンクロニシティーか?!


以前福山さんのラジオ番組にリスナーからこんな質問が寄せられたそうです。

「ライブのアンコール中にピアノの人となにか話し込んでいたと思うのですが、

何をしゃべっていたんですか?」という質問。

「今日の打ち上げの時間打ち合わせと今度のリハのことでアキラさんから・・」だとか。

え?仮にも大熱狂のライブ中。。。。


ミュージシャンは人と成りが強烈な人が多いと思うのですが

ん・・・このイノウエアキラさん、

そんな例に漏れず不思議だけど気になる雰囲気だしてますね笑。



ま、強烈か否かそんなことは置いておいて。



この本にはアレンジャーという現在の仕事のことだけでなく

ご自身の幼少時代のこと

芸大を受験するまでのこと、

ご両親のこと

音楽のこと・・・など書かれています。

作曲家・元桐朋学園大学長の故・三善晃先生の作曲のレッスンの話などは

なかなか聞けない話でとても興味深いです。


だってですよ、レッスン中にずーっとテレビの競馬中継をつけていて

イノウエくん、走る馬の姿って美しいでしょ。。。。とだけ言い

レッスンが終わってしまうって・・・←これにはちゃんとオチがあるんですけどね。

さすが作曲家。(というと語弊があるか・・?)


中でも惹きこまれていったのが

幼少時代のさまざまな音楽体験の話。


大音楽家の父を持つご家庭ですから、さぞかし物心ついた頃から

英才教育を受けてこられたのかと思いきや、そうではなかったようです。

ピアノやチェロを弾くことも強制されることはまったくなかったとか。


それでも、お弟子さんたちが次々と来て、レッスンで弾く曲を

曲の名前も知らずになんとなく覚えていったそう。

また、お父様の演奏会のときには、ステージの上でチェロの音が

もっとも良く響く場所を求めて、椅子の位置を調整している姿を見ていて

ちょっとの位置の差が、実際にこんなにも大きく響きが変わることを

子供ながらに感じたそうです。

そしてお父様が伴奏者に合わせているのか、伴奏者が付いてきているのかも分かったそう。


そしてイノウエさんはこのようにそのときの事を振り返っています。

「なんの意図することもなく、アンサンブル実習やサウンドチェック実習の

授業を受けていたんですよね。これが後にこんなに役に立つことだとは分からずに」


そして最も関心したのは

「楽器は強く弾けばよく響くということではない、ということを皮膚感覚として

身につけさせてくれていた」ということ。

これを子供が感じるって、ものスゴイことだと思うんです。

クラシック音楽に携わる者にとって、この感覚はとても根本的な問題だけれど

知らず知らずのうちに必死に“弾くこと”だけに躍起になってしまい

結果、求めてゆく音楽と違う方向に行ってしまい、大人になって気付いたときには修正が

難しくなってしまうという、特に日本語を話す日本人が、陥るところなんですけどね。


自分も教える立場にあるものとして

難しい曲だけを達者に無味乾燥に弾くことの意味のなさを痛感しています。

イノウエさんがおっしゃっているように、子供のときに

「皮膚感覚としての記憶」がどれほど大切なことなのかがわかります。

子供のときほど柔軟な感覚で、物事の根源を見抜くチカラこそ

子供だけが学び得ることができる能力なんですよね。

親や大人はその環境を静かに指し示し、ただそっとその場を与えることだけ。

これこそが教育の本来の在るべき姿なのだと、この本を読みながら改めて思いました。

それでは次回はまた別の本について!

ぶろぐ2012 no.57







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